あなたがスマホを見ているとき、スマホもあなたを見ている。

あなたがスマホを見ているとき、スマホもあなたを見ている。

するどく時代を切り取る芥川賞作家が綴る、読売新聞人気連載『スパイス』が一冊の本に!
“違和感にあふれた現代”へのささやかな抵抗

四六 判( 240 頁)
ISBN: 9784833422581

2017年12月14日発売 / 1,430円(税込)

[著]藤原智美(ふじわら・ともみ)
1955年、福岡市生まれ。フリーランスのライターを経て、90年に『王を撃て』で小説家としてデビュー。
『運転士』で第107回芥川賞受賞。小説創作とともに『暴走老人!』『スマホ断食』などのノンフィクションを発表し、新聞・雑誌でのエッセー連載を行うなど、幅広く活躍する。 

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目次

まえがき しっかり立ち止まり、ぼんやり考えよう

1章 披露宴2次会、新婦がひとりスマホに見入る。

披露宴2次会、新婦がひとりスマホに見入る。
リアルに愛想笑いして、ネットで本音をぶちまける小心。
セールス電話を撃退し、いつまで残るか徒労感。
思い出の写真が人差し指でなでられ画面から逃げていく。
思い出も整理整頓しなさい。
3日の情報断食に耐えられないなら、私もりっぱなデジタルバカ。
感情暴走のブレーキが壊れました。
私のスーツケースがブラックボックスのなかに忽然と姿を消した。
機長のアナウンスに励まされ、一年が始まった。
写真は人を撮ってこそおもしろい。
そして私たちは「茶話難民」と化す。
悪玉コレステロールというけれど、善悪の判断は簡単ではないと、心で悪態をつく。
自撮りで傷つく私のナルシシズム。
大道芸、楽しめたら投げ銭ひとつがエチケット。
蛍光灯と書くだけで青白い風情がふってくる。
消えたテレビ画面に、おぼろげな自分の顔をみる。
私はスマホのなかにいます。
旅客機が自由に飛ぶ空の下、人々は生活の重みにうつむいている。
あなたがスマホを見ているとき、スマホもあなたを見ている。

2章 マドリードでもバンコクでも東京でも、同じシャツを着ているって、世界中どうかしている。

マドリードでもバンコクでも東京でも、同じシャツを着ているって、世界中どうかしている。
今朝、袖を通したジャケットは、見えない場所から脱兎のごとくやってきた。
むかしむかし、ホテルにジーンズ姿で入るとつまみ出された。長い髪もいっしょに。
スーツのデザインは、呼吸するように膨らんだり萎んだりをくり返す。ファッションって、つまり反復にすぎない。
毛皮に縄文の冬を思う。
尖ったものがみんな丸いものになっていく。街角から奇天烈ファッションが消えてなくなった。
加工、編集が自由自在のデジタル写真は世界一の嘘つきにちがいない。
犬の散歩にふさわしい正装とは?
ハイヒールは見せるためではなく、高い目線を獲得する最後の一手。
イチロー選手はスパイクシューズの重さを1グラム単位で知っているが、私はダッフルコートの重ささえ知らない。
ツバの広いあの懐かしい麦わら帽子がどこにも売ってなかった。
和服はゆるく着こなして一流と心得る。

3章 公衆電話ってなんですか、と二十歳の女子が真顔できく。

公衆電話ってなんですか、と二十歳の女子が真顔できく。
電子手帳にはスケジュールがあるが、手書きの手帳には物語がある。
雨にぬれる切なさは熱いシャワーで流しましょ。
ジャズが消えて、退屈にため息を漏らした暗がりは、寡黙な自己成長の場へと姿を変えた。
捨てられないボタンが大きな木箱にいっぱい、いまだに私も中原中也。
東京湾、小型ボートのアイスキャンディー売りがノスタルジーを1本。
イタリア人建築家デザインの炊飯器で新米を炊きあげたあの日。
オシャレを気取り皿を包んだ英字紙にアラブの戦争報道。
急須の蓋が割れると、メーカーの人が新幹線に乗って飛んできた。
なぜ植木等のスボンは細身で丈が短かったのか。
あの人の名前と住所はペンで記したい。
アイロンで縮んだ心を引きのばす。

4章 昼下がりの駅からのどかさがなくなり、傘を素振りするゴルフおやじも消えたこの頃。

昼下がりの駅からのどかさがなくなり、傘を素振りするゴルフおやじも消えたこの頃。
もう一度、むせかえる花の匂いに狂いたい中年男の「生き直し」。
若者は頭が体におくれる。中年は体が頭におくれる。そのうち頭も体もおくれる。
「逆走」という言葉なんて、20年前の広辞苑にはなかった。
死はあの世への一人だけの引っ越し。鉛筆一本持って行けやしない。
今の子は字幕さえ目で追えない、いや頭に入らない。
ラッパ飲みでむせかえる老いの悲哀。
格闘技とスイーツ作りは相性がいいらしい。
還暦男子の取り扱いには注意が必要です。
立体はかさばるから要らない、と少女はいう。
歳をとるほど写真の笑顔が減っていく。
絶叫マシンで暴走するくらい、いいじゃないか。
ときにはAIと二人きりで暮らしたい。

5章 人混みが嫌いだといいつつ、群れのなかに加わる安心感。

人混みが嫌いだといいつつ、群れのなかに加わる安心感。
夕暮れ、赤いバラは黒ずみ、木々の緑は踊りだす。
「用の美」とは、飾って美しいではなく、使って美しいこと、とはいうものの。
モノは手を入れて初めて自分の物になる。
満開の桜を気色悪いという捻くれがひどく美しい。
「パンツなし寝」のすすめ。
朝食は曲げわっぱと電子レンジの協業態勢で駆動する。
ランニングマシンの上で思索がころがる。
漂白剤で心の染みを落としたい。
ファスティングと名を変えて、断食もおしゃれな健康法になった。
食パンの端っこがどこかで私を待っている。
米飯が好きだと日本の中心で叫ぶ!
愛があればサプリメントはいらない。

あとがき