ソニーは銀座でSONYになった

ソニーは銀座でSONYになった

ソニーは銀座でSONYになった
盛田昭夫が挑んだ日本企業初の“ブランド戦略"

ソニービルが開業したのは東京オリンピックが開催された2年後の1966年4月29日。その建設費は32億円。ソニーにとっては失敗の許されない一大プロジェクトだった。ビルの大半にショールームの機能を持たせた、当時の日本としてはまさに前例のない試みだった。

四六 判( 240 頁)
ISBN: 9784833451321

2018年07月31日発売 / 1,620円(税込)

[著]宮本喜一(みやもと・よしかず)

ジャーナリスト、翻訳家
1948年奈良市生まれ。71年一橋大学社会学部卒業、74年同経済学部卒業。同年ソニー株式会社に入社し、おもに広報、製品企画、マーケティングなどを経験。94年マイクロソフト株式会社に入社、マーケティングを担当。98年独立して執筆活動を はじめ、現在に至る。主な著書に『マツダはなぜ、よみがえったのか?』(日経BP社)、『ロマンとソロバン』(プレジデント社)、『井深大がめざしたソニーの社会貢献』(ワック)など、翻訳書には、『ジャック・ウェルチわが経営(上・下)』(日本経済新聞出版社)、『ドラッカーの講義』『成功哲学』(アチーブメント出版)、『アップル、グーグル、マイクロソフトはなぜ、イスラエル企業を欲しがるのか?』(ダイヤモンド社)など多数。

目次

第1章 “身のほど知らず”のビル計画

東京・銀座の数寄屋橋交差点/「銀座といえばソニー」にしたい/盛田昭夫に勝算あり/トランジスタがテレビを変えた!/ニューヨークのショールームを黒木君に/最優先はカラーテレビの開発だ/ソニー製品を的確に発信しよう/ビルの設計? そうだ芦原先輩がいる/目指すのは日本初のショールーム集合体/五人で徹夜のミーティングだ/ヒントはグッゲンハイム美術館に/街の中にある広場

第2章 ソニーブランドをどう表現するか

新しいビルにソニーの革新性の息吹を/交差点のシンボルとなるような“ソニー製品”にしよう/建設現場の目と鼻の先に最前線基地を/黒木靖夫が企んだ問答無用作戦/「お前、本当にソニーで働いてるの?」/巨大駐車場が隣にできる!/地下鉄「西銀座駅」が「銀座駅」に

第3章 新しい革袋に新しい酒

花びら構造のフロアに一流のテナントを/話に乗ったマミーナと専売公社/日本初の“アメリカ調”ドラッグストア/アメリカの香りをそのまま持ち込もう/「地下に最高のレストランを」/誘致したいのは世界に冠たる三つ星レストラン/トヨタ初の銀座ショールーム

第4章 銀座の四季の香り

創業記念日よりも天皇誕生日だ/休館日なし、年中無休でビルを開けよう/ソニースクエア、それは“銀座の庭”/北海道からすずらんを空輸せよ/四季時計の鮮度を保て/スクエアの賀田か、賀田のスクエアか

第5章 五反田村から花の銀座の“住人”に

外堀通りのイメージ一新作戦/「“ソニー通り”でよろしいのでは?」/銀座の情報を手のひらに乗せよう/ビルを人の情であふれさせよう/ソニービル建設のウラ側でソニーを悩ませた経営課題/ソニー独創のトリニトロン登場の晴れ舞台はソニービルだ

第6章 「ソニービル」とは何か

「数寄屋橋は世界の交差点なんだ」/あえて海図のない航海へ/ブランドの集合体、銀座を舞台に成長す/ブランドを発信するビルに“賞味期限”はあるか

第7章 五反田村のソニー、銀座のSONY

かけがえのないソニーの財産、“ソニー通り”/継承される「広場」の概念

謝辞