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まえがき
第1章 1890年 トルコのエルトゥールル号遭難
──100年後の「恩送り」を生んだ先祖の誠実さ
トルコの「恩送り」
難破したエルトゥールル号
トルコ人の気概
第2章 1859年 長州の思想家・吉田松陰の死
──明治維新の精神を育んだ勤勉な生き方
勉強はなんのためにするのか?
薩摩藩の「郷中教育」
松陰が説いた明治維新の精神
「アメリカという国をこの目で見たい!」
「至誠」という哲学
受け継がれる松陰の教え
吉田松陰が蒔いた種
「至誠にして動かざるもの未だ是あらざる也」
第3章 1853年 アメリカのペリー艦隊の来航
──世界情勢を理解していた教養と危機意識
大ベストセラー『学問のすゝめ』
日本の鎖国政策と当時の世界情勢
アメリカ大陸の発見
ヨーロッパは日本をどう見ていたのか
アメリカが・隣国・日本に目をつけた理由
ペリー艦隊が日本に突きつけた要求
開国──日米通商条約の締結
日本独立の最大の危機
なぜ日本は植民地にならずにすんだのか
第4章 1905年 日露戦争日本海海戦
──世界が感動した武士道精神
歴史的快挙だった日本の勝利
なぜ、世界は日本の勝利に沸き立ったのか?
ロシアの脅威
当時の「世界地図」は、「侵略地図」でもあった
なぜ圧倒的に不利な日本が勝てたのか
日英同盟の真実
イギリスに信頼された日本人
柴五郎中佐の「会津魂」
敗者をも敬う日本人の本性
第5章 1919年 人種差別撤廃法案の提案
──正しいことを貫く勇気ある行動
アメリカ合衆国の奴隷制度
「ジム・クロウ法」の歪んだ正義感
アメリカ人が日本人移民を嫌った本当の理由
日本を戦争へと導く恐ろしいシナリオ
100年前の勇気ある日本の主張
現在も生きている国際社会の暗黙のルール
第6章 1941年 日本とアメリカの戦争
──自尊を貫いた強い意志
「日本は悪い国だった」という日本人の思い込み
日本は他国の植民地にならない道を選択した
原子爆弾の実験場にされた広島と長崎
アメリカが仕掛けた日本の真珠湾攻撃
第7章 1944年 特攻隊の出撃
──特攻隊員が生命に代えて守ろうとしたもの
特攻で戦死した兵士に捧げる言葉
特攻隊員が守ろうとしたものとはなにか
私たち日本人が受け継ぐ精神
特攻と「現代の“自爆テロ”」のちがい
特攻兵が未来の日本人に託した願い
第8章 1951年 マッカーサー元最高司令長官の証言
──東京裁判後に証明された日本の正しさ
敗戦が日本人に突きつけた現実
戦勝国が敗戦国を裁いた「東京裁判」
インドのパル判事が指摘した日本の正当性
「戦勝国が日本に人道の罪を問えるのか?」
大東亜戦争とはなんだったのか?
マッカーサーが擁護した日本の戦争責任
第9章 1958年 国産車ダットサン210の闘い
──何度失敗しても挑戦しつづける気概
人生をなにかに「見立てる」日本人の特性
アメリカで始まったモータリゼーション
「日本はアメリカ車の中古を使えばいい」
未来を信じ、時代の先を見つめつづけた日本人
日産自動車「ダットサン210」の挑戦
元同盟国のドイツ車との競い合い
信頼がさらなる信頼につながる
第10章 1964年 世界を驚かせた東海道新幹線
──日本人の叡智と努力のシンボル
日本が世界に誇る夢の超特急新幹線
戦後の日本経済の発展と新幹線
日本の鉄道の夜明け
戦前に計画されていた「弾丸列車構想」
新たな新幹線計画に導入されたゼロ戦の技術
夢と技術と魂の結晶
第11章 1964年 アジア初の東京オリンピック
──受け継がれた幻の東京五輪の精神
日本が誇る「おもてなし」の精神
嘉納治五郎と幻の東京五輪
近代五輪の精神とアジア開催の意義
引き継がれた嘉納の精神
嘉納治五郎が思い描いた夢
第12章 1966年 ウズベキスタンの大地震
──命を名誉に代えたシベリア抑留者
「いじめ」というこの世の不条理
敗戦とシベリア抑留
「日本人のような人になりなさい」
大地震に耐えた劇場
中央アジアからのもうひとつの「恩送り」
主要参考文献